東日本大震災

こんにちは、アンド―です。

今回の震災ではほんとうに信じ難い被害が未だ拡大しています。

昨日被災地のひとつである石巻周辺を取材して戻ってきましたが、
石巻は沿岸部を津波が襲い、市街地に向かって5キロほど津波が街を洗い流し、街がほぼ冠水の状態でした。

私が現地に入ったのは3日目でしたが、やっと水が引き始めて、被害の状況がおぼろげながら
見えてきたという感じでした。海岸に近い住居は津波に呑みこまれ、牡鹿半島にかけての海岸線では、
およそ1000人もの遺体が発見され、自衛隊や消防によって収容されました。
また、一時は一メートル以上もの水に冠水した市街地にある住宅などでは、ようやく水が引き始めて、
2階や3階に避難していて孤立していた方たちの救出と救急搬送があわただしく行われていました。

そうした被災者を受け入れる石巻赤十字病院は、石巻、女川、東松島の(いずれも壊滅的な被害を受けた)
三つの地域で、唯一医療機関として機能をしている病院で、熊本から駆けつけた赤十字社の医療関係者、
ボランティアなどが支援するなかで、医師も看護師も防災服を着て、一心不乱に走り回っていました。

番組でもお伝えしたのですが、まさに戦争時の野戦病院と化していました。

床にマットを敷いてぐったりと寝かされているお年寄り、点滴も床の上で受け、
その横では一緒に避難してきたご家族らしい方が茫然と座りこんでいました。
それでも続々と運びこまれ続ける被災者で病院のロビーはあふれかえっていて、
トイレの前まで簡易ベッドが置かれ、心電図のモニターが取り付けられ、
医師と看護師が心臓マッサージをしたり、点滴をしたりと、凄まじい状況でした。

病院の外では、ご家族や親せきの安否情報を確認する人たちが長い行列を作っていました。
日赤病院に既にやって来た方、もしくは搬送されてきた方たちの名前やメッセージがずらりと掲示された
テントがあり、そこに探している方の名前がないかどうかを確認するのです。

ひとりの男性にうかがいました。
彼は妻と子供3人、自分の両親の6人を探していました。
地震が発生したとき職場に居た彼は、津波もおさまって家に戻るとそこには誰も居なかったということです。
妻も子供も両親もみんなで津波から逃れるために車に乗って出かけ、
そのまま行方が分からなくなっているということでした。
むごい、本当に津波はむごいと思いました。


私はこれまで災害をずいぶんと取材してきました。

戦争も取材してきました。

でも今回の震災の被害はすべてをはるかに上回るものです。

亡くなった方や行方が分からない方は1万3000人を超えています。(3月16日、午後3時現在)
未だに救出されていない方がどれほどいらっしゃるのでしょうか?
そしてあのがれきの下にどれだけの方が助けを待っているのでしょうか?

すべてにおいて未曾有の震災です。
余震も続いています。気温は0度を下回る場所も。
暖をとりたくてもとれないのが現状です。
支援物資は県庁などで滞留しているからです。

それは、物資を運ぶ車両のガソリンが確保できないからです。

今は被災地を最優先して、ガソリンを運び、物資を届けなくてはなりません。

東京で買いだめは必要ないのです。


最後に私からのお願いです。

救援物資を送られたい方が山ほどいらっしゃると思いますが、
送られる場合はそれぞれの都道府県などでまとめていただく方法をとってください。
そうでないと、物資はきちんと被災者に届きません。

また、現在は物よりも義援金が一番有効です。

義援金は現在一番必要な物に公正に使われます。

日赤などがとりまとめていますので、是非よろしくお願いします。


もっと詳しくいろいろご報告したいのですが、
これからまた特別番組を放送しますので、今日はこのくらいにしておきます。

読んでくださってありがとうございました。


安藤優子


--追伸--
マルもいちごも身を寄せ合ってお母さんとお父さんの居ない日々を過ごしました。
でもふたりなら、大丈夫!



「今回の地震で大変な思いをされているみなさまにワタシたちからも心からお見舞い申し上げます」

マルゴ&いちご




テーマ : 東北地方太平洋沖地震
ジャンル : ニュース

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